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日本最大級!クラシックギター/Martin K.Yairi アコースティックギター/ウクレレ 専門店のスタッフブログです。
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ここ最近の小部屋は手抜きでは無いか・・・
そんな印象を拭い去るために、今回はオススメ本について、たっぷりお送りしたいと思います。


角幡唯介
アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極

日本の冒険家である角幡唯介氏と萩田泰永氏の二人が、冒険史の中で長らく謎とされている、フランクリン隊129人全滅、北西航路の軌跡をたどるノンフィクション小説です。

そもそも、北西航路とは、どのようなものか、簡単にご説明させていただきます。

北西航路探検の歴史は15世紀末から16世紀にまでさかのぼります。当時、英国、フランス、オランダといった西洋諸国は中国との貿易を望んでおりましたが、その時代に最も国力があったスペイン、ポルトガルに阻まれ、東洋に進出できない状態にありました。

 
スペインはいち早くアメリカ大陸に到達。ポルトガルはすでにアジアとアフリカに貿易網を構築。両国は1944年に条約を結び、世界を東西に二分することを決めていたそうです。
ヨーロッパから東洋に進出するには、アフリカの喜望峰を回るか、中東を経由して陸上から到達しなければならないのですが、喜望峰はポルトガルに、マゼラン海峡はスペインに押さえられ、中東からアジアに渡るにはトルコ商人にとてつもなく高い関税を支払わなければならなかったのです。
そのため、アジアに向かう安全で誰からも妨害されない航路を開拓しなければならなかったのでした。考えられるルートは二つあり、一つがヨーロッパからロシアの北側を東に向かいベーリング海峡を抜ける北東航路。もう一つが北米大陸を北から回り込む北西航路でした。つまり北西航路とは貿易を目的とした商業航路なのです。

 
この、北西航路の探検史は悲惨な話であふれており、多くの船乗りが越冬のできない小型帆船で地図の無い海に漕ぎ出し、寒さや飢え、部下の反乱などで死亡したそうです。

1903年から1906年、ノルウェーの探検家ロムール・アムンセンが横断航路に成功するまで幾多の冒険家がこの北西航路を目指したそうです。

今から160年ほど前、19世紀中ごろ。イギリスのジョン・フランクリンを隊長とする探検隊が、氷だけが支配する極北カナダの広大な多島海のどこかで忽然と姿を消し、129人全員が消息を絶ったのです。

今回、ご紹介するこの本では、凍てつく北西航路をたどり、その風景を体験し記述することによって、フランクリン隊が生き延びようとした神話のような舞台を甦らせてくれるのです。また、タイトルにあるアグルーカとは誰の事を指すのか?ロマンと死が隣り合わせの極地を旅するのは、角幡唯介氏と萩田泰永氏。

冒険家、角幡唯介氏は、長らく謎の川とされてきたチベット、ヤル・ツアンポー川大渓谷未踏査部を単独で探検し、ほぼ全容を解明。その模様は「空白の5マイル」に記されております。

萩田泰永氏は、北極男の異名を持つ冒険家で北極のスペシャリスト。北極点無補給単独到達に挑戦を行い、その模様をWOWOWのドキュメンタリー番組で観て、とても感動しました。その際は途中で断念。次の機会を伺い着々と準備を進めているようですが、彼ならこの偉業を成し遂げる事でしょう。

続く







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